![]() 厚木市長と作者 (厚木市にて) |
![]() 第十代東京農業大学長と作者 (東京農業大学研究室にて) |
![]() 県議会議員の先生と作者 (千代田区都道府県会館にて) |
![]() 女優のI・Aさんと作者 (文京区千駄木にて) |
![]() 法人代表と作者 |
![]() 社会医療法人財団会長と作者 |
![]() 社会医療法人財団会長と作者 |
![]() 記念日の贈り物として |
![]() 祖父母ご両親へ感謝の贈り物 |
![]() ご遺影としての肖像画 |
![]() 自分史としての肖像画 |
![]() ご遺影としての肖像画 |
![]() 誕生日のお祝い肖像画贈り物 |
![]() 金婚式のお祝いに 肖像画の贈り物 |
![]() 肖像画で50年前の ご自身と再会 |
![]() 会社創業者肖像画の掲額 |
![]() 奥様への想いを肖像画に |
![]() 奥様への肖像画の贈り物 |
![]() 金婚式のお祝肖像画贈り物 |
![]() ご遺影としての肖像画 |
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市長と作者(市文化会館にて) | 地方自治体敬老記念日肖像画贈呈式の様子 | |
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中山忠彦氏(芸術院会員、日展常務理事、白日会会長)全日肖展審査風景、退席頂く前に記念撮影に同席。 | 肖像画が取り持つ若い作家たちとの出会い。(2008年度スタッフの美大生の方達と) |
○1951年、日本画と油絵に親しんだ父、陽一と母、ミキエの間に次男として新潟市に生まれる。
小さな家でしたが絵に囲まれた環境のせいか、誰に教わったわけでもなく、三歳を過ぎた頃には筆代わりに古い箸を一本持ち、春になれば待ちわびた雪解けの家のまえの砂地が当時のキャンバス、朝早くから夕暮れまで絵を描くのに夢中でした。
戦争体験のある当時の厳格な父親の言うことには男は絵や芝居みたいなことに気を向けず将来は普通の職につけ、でした。当時の田舎では子を思う普通の親心だったのでしょう。その後、父は私が10歳のとき他界。生活環境は一変したように記憶しています。
小学生の頃、絵の外国親善交流でオランダの小学校に、私の描いた風景画が選ばれて送られたこともありました。油絵の具を初めて手にしたのは16歳と遅かったのですが最初に制作した人物画作品が地元では大きな公募展“県展”に初出品で初入選。
子供の頃はけっして裕福とはいえなかった家庭環境だったと思いますが、絵を描いているときは一生懸命になり、それは幸福な時間だったと思います。絵の成績の良さばかり目立ちましたが、地方の小さな地域でのお山の大将で月日が過ぎました。多感な青春を送り、上京。
○大手電機メーカーにて機械設計の仕事に従事するかたわら、幼少の頃の父からの影響からか好きだった絵を忘れられず、時間を作っては人物画を主に描く。
ある日の事、以前友人を通して画廊喫茶に飾って頂いていた絵が、常連客で銀行にお勤めの方に気に入って頂き買い取られることになったのです。知らない方に認めてもらい、はじめて買っていただいた体験はとても貴重なものでした。(当時の安月給時代にあってうれしい出来事でした。)
○その後転職を経験。10年後、通販会社役員を経て、まもなく自分自身による今後の人生のステージ作りを望み実行。その間アメリカ、中国、韓国、東南アジアの国々に機会を見ては訪れる。
○1991年法人として美術品商(古物商)ウイングエレガンスを設立。
代表取締役に就任。営業販売を主な業務として、利潤の追求もとより雇用問題から税金問題、人材の育成に苦心する。小さい会社ながらも経営者として皆さんそうであるようにさまざまな問題に直面し、その案件ごとに勉強させられる。いろいろな世の中の変化の荒波を受けるが、同時に緊張感の中、経営者としての充実感も味わう。
○1996年、肖像画の可能性と魅力に気持がシフトする。
前々職においてはデザイン、細密描写、鳥瞰図、テクニカルイラストレーションの技法を機械設計の仕事を通し勉強。転職先においては多くの方々との対面営業経験の数々から、人の性格に潜む感情や人間の表情を感覚的に捉える作業を実践の中で勉強。人間観察によってスケッチブックの代わりに心の中でデッサンを繰りかえし描いてきたように思います。
結果的には肖像画に取り組む上でとても大切なものを教えられてきた思いです。私の人生における肖像画制作への方向性、ベクトルをいまさらに再認識。
昔の人はよく人間四十になったら自分の顔に責任を持て、などと言っていました。確かに自分の顔に責任が持てなくて他人様のお顔など云々するのはもってのほか!?かもしれません。絵に関しては随分遠回りしてきたかのように思えたことが、実は今日までのさまざまな人との交流、体験無くして肖像画を描くこと、語ることさえ資格はなかったように思います。
○1998年、2年の準備期間を経て、自らの制作による肖像画を仕事に取り入れることを決意。本格的に肖像画家としての道を歩み始める。
ご依頼者のご意見を十分に汲み取れるように、制作者が受注の承りから制作まで一貫して行うという方法。個人の方へのアプローチや、情報誌など広告媒体を通じ徐々にご注文をいただけるようになる。個人の方のみならず法人、学校関係、地方自治体からのご依頼も受けるようになる。
○2002年の11月末、これまでの独学での画法から新しい方向を模索、思い悩み始めた頃、導かれたかのように肖像画界の重鎮、藤田東光画伯に運命的に出会う。
これまでは美術団体に属することなく独自の道を歩んでいましたが、この出会いを機に藤田東光画伯が幹事を、三浦輝峰画伯が代表幹事をされる東京肖像アートフォーラムに参加、会員となる。
画伯を通し、井の中から飛び出し大海を見る。多くの肖像画に関わる熱意あふれる人々にふれあい、多大な影響を受ける。肖像画の持つ魅力を再認識し、肖像画に傾倒。
藤田東光画伯に師事、戦後日本における肖像画界の画伯の草分け的な活動を通し、肖像画界の生きた歴史を学ぶ。
それまで学んできた技術面での独学の垢を払拭。人物画的画法から一転、長年受け継がれた肖像画の表現方法を基本から学び取り入れる。
2003年藤田東光画伯推薦により全日本肖像美術協会に入会。
2004年、“第51回全日肖展”(上野の森美術館、全日本肖像美術協会主催)にて新人賞を受賞。
2005年、“第52回全日肖展”(上野の森美術館、全日本肖像美術協会主催)にて昨年の新人賞に次ぎ、協会“奨励賞”を受賞。準会員より会員に推挙される。(近況便りをご覧ください。)
千葉県市川市商工会議所歴代会頭肖像画納品
県議会議員永年在職記念肖像画納品
2006年、“第53回全日肖展”(東京都美術館・全日本肖像美術協会主催)参議院議長賞を受賞。(近況便りをご覧ください。)
地方自治体様ご依頼敬老事業お祝い贈呈用肖像画制作納品
東京農業大学歴代学長肖像画納品
京都大学名誉教授肖像画納品
県議会議員永年在職記念肖像画納品
介護施設関係肖像画納品
個人、法人関係多数納品
イタリアへ美術館めぐりの旅(ウフッツイ美術館、バチカン美術館など)
2007年、“第54回全日肖展”(東京都美術館・全日本肖像美術協会主催)佳作賞受賞、協会より“委員”に推挙される。
(株)KPF主催“絵になったペットたち展”参画
ギャラリー大森山王工房にて“絵になったペットたち展”
地方自治体様ご依頼敬老事業お祝い贈呈用肖像画制作納品
介護施設関係肖像画納品
県議会議員永年在職記念肖像画納品
個人、法人関係多数納品
2008年、厚木市依頼前厚木市長肖像画納品
福祉法人理事長肖像画納品
2008年、“第55回全日肖展”(東京都美術館・全日本肖像美術協会主催)クサカベ賞受賞
A地方自治体福祉健康部高齢者お祝い贈呈用肖像画制作納品
B地方自治体様ご依頼敬老事業お祝い贈呈用肖像画制作納品
画廊様ご依頼肖像画納品、(N画廊様、A画廊様、S画廊様等・・・・)
個人、法人様肖像画納品 、TVCM制作会社様肖像画納品
フランスへ美術館めぐりの旅(ルーブル美術館、オルセー美術館、ヴェルサイユ宮殿など)
2009年、”第56回全日肖展”(東京都美術館、全日本肖像美術協会主催)にて、
”ホルベイン賞”を受賞。
地方自治体、市長、大手企業創業者、会長、社長、県会議員、大学学長、商工会議所会頭、医師、個人のご依頼を受ける。
2010年、”第57回全日肖展”(つくば美術館、全日本肖像美術協会主催)にて、入選。
2011年、”第58回全日肖展”(埼玉会館、全日本肖像美術協会主催)にて”努力賞”を受賞。
2012年、全日本肖像美術協会より全日本肖像美術協会東京事務所に委嘱される。
全日本肖像美術協会企画部部長に任命される。
”第59回全日肖展”(東京都美術館)にて”内閣総理大臣賞”を受賞。
防衛大学校60周年記念初代校長肖像画納品
2013年、”第60回記念全日肖展”(東京都美術館)にて”文部科学大臣賞”を受賞。
2013年、国会参議院より肖像画制作依頼を受ける”参議院議長肖像画制作”
2014年、国会参議院にて参議院議長肖像画掲額式に招待される。
2015年、全日本肖像美術協会審査委員に推挙される。
2015年、現在に至るまで2500点以上の肖像画を納品。
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